武内山(紺屋町)

神功皇后が宇佐宮で安産された応神天皇を、武内宿称が抱いた姿をご神体としてお祀りしています。
この山鉾の造営年代は、胴幕の箱銘から、安永6年(1777年)頃と考えられます。また、寛政11年(1799年)の記録によると、三ツ車との記載があることから、大津祭りの曳山のように三輪形式の時もあったようです。
山鉾を飾る懸装品のうち、文化4年(1807年)に百人講合力により新調された見送り幕は、中国清朝の皇族クラスが使用するような優品です。さらに、鉾の欄縁の箱銘には、"文政12年(1829年)新調、蟷螂山町"とあることから、祇園祭山鉾の旧材が用いられたことを知ることができます。
なお、昭和52年にいち早く「武内山囃子方保存会」を結成して、囃子の保存継承、技術の向上に努めています。
武内山の懸装品
- 前懸
- 繻地雲龍図綴錦 享和3年(1803)京都西陣
- 見送り
- 雲龍宝散図繻珍錦 文化4年(1807) 中国明朝17世紀末作
- 胴懸
- 朝鮮毛綴「窓絵に対瓶図」「四花瓶図」安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作
- 胴懸
- 朝鮮毛綴「窓絵に四蝶の図」「四対花瓶図」安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作
- 後懸
- 朝鮮毛綴 安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作
- 袖幕
- 朝鮮毛綴「五羽鶴図」安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作
- 胴懸
- 朝鮮毛綴 安永6年(1777)朝鮮李朝18世紀の作
- 上水引
- 金地に漢詩文の綴織で亀岡の書家深海皆山の書 慶応3年(1867)作
平成2年まで。現在は亀岡文化資料館保存 - 上水引
- 唐花丸文様金襴 平成3年新調
- 二番水引
- 赤地四宝文様金襴 平成3年新調
武内山データ
- 所在地
- 紺屋町
- 建造年
- 1777年ごろ
- ご神体
- 応神天皇を武内宿称が抱いた姿
- 高さ
- 9.354m(屋根まで4.682m)
- 屋根幅
- 2.640m
- 見どころ
- 1807年新調の見送り幕
